思い出なんかにならないで
■ 連絡用
■ えーっと
■ ダイエットなんて…
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昨日の晩御飯をちょっと食べ過ぎたので、「よし!今日の昼と晩はマイクロダイエットで耐えよう!!」と決意して昼休みを過ごしていたら、会社に出入りしているドライバーの鈴木さんが、「ごちそうだよ〜〜〜」とやきたてあつあつの餃子を買ってきてくださいました。
やきたてあつあつの、王将の餃子…。しかもありがたいことに、一人一箱支給……
冷えたら美味しくないに決まっているから、マイクロを食べた後でしたが、完食しました。
ああー、事務所がにんにくクサーーーー - [ コメント (1) ] [ トラバ歓迎 (0) ] [ top↑ ]
■ 金木犀の匂い
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祝日ですが今日も変わらず出勤です。一人きりの事務所で、小さく窓を開けて仕事をしていると(日記を書いてる時点で仕事をしてないのだが)、どこからか金木犀のいい香りが流れてきて、ついほんのりしてしまいます。祝日だから、電話も少ないしね。ほんとは仕事もいっぱいだけど、ついのんびりモード。
ちょっと思うところありまして、一度離れていたこちらのブログに日記を書くことにしました。
特に意味はないけど、まあしばらくやってみよかと。ただ、こっちだとROの垢ハックアドを貼り付けたコメントがぼちぼち来るのが困りもの。コメントは全て要承認にしましたので、大丈夫だと思いますが、関係各位はご注意の程を。
昨日は日曜でしたがいろいろバタバタしてました。
ミクシィの方で書いてたけど、大学の先輩の噺家さんの東京公演に行ってきました。場所は三越前。大学は千葉でしたが、先輩は大阪の人で上方落語。今年のお正月に真打ちに昇進して、普段はやはり関西で活動されているんですが、ときどき東京公演もされているようです。私は、お知らせは頂いていたものの、真打ち昇進のお祝いのカンパをし損ねたので、せめてと思って見に行きました。
番組は、前座が女性の噺家さんで柳亭こみち『湯屋番』、本日の主役であるところの桂歌之介『野崎参り』、柳屋喬太郎『時そば』、そんでトリで桂歌之介『左甚五郎』でした。
うん、おもろかった。先輩の噺は昔とどう違ったか、と言われるとわかんないけど面白かったな。『野崎参り』は、大阪の野崎観音にお参りするコテコテの関西人のお話。『左甚五郎』はいわゆる人情噺。野崎参りってこういう話なんだ!と初めて知りました(聞いたことあるのに…)。あとやっぱ喬太郎さんは面白かったな。こう言っちゃ何だけど、喬太郎さんはかなり人気のある噺家さんなので、ここで見られると知って少し驚きました。まあ落研OBのツテなんだろうけど。
とても楽しめたんだけど、久しぶりに人のみっちり詰め込まれた会場で、三時間集中して落語を聴いてると頭が痛くなったので、その後の打ち上げは参加せずに会場を後にしました。もう大学卒業してこれだけになると、知り合いも少ないし、苦手なOBもちらほらいるのでとっとと退散するのが吉ですね。今でも落研の寄席のお知らせはいつも頂いていて、申し訳ないと思うけどなんせ千葉だし、休みもないんで行く機会が年々減っています。まあ、しゃあないよな。そんな理由で今回も多少億劫だったので、行く前にカードを引いたら、
【現在】 聖杯8
【未来】 聖杯10
【障害対策】 金貨1R
【最終結果】 棒2R
でしたね。聖杯10だったかなあ?誰も会いたい人おらんかったし。でも楽しむ努力をしてないというところで金貨1Rだな。そんで棒2R。これから関わろうとする意欲がない。うーん。当たってるけど面白くもないな。まあ嫌な思いをしなかったというだけでおkkでしょう。仕方ね。
あまり集中して頭が疲れたので、何か甘いものでも食べて帰ろうか、と思い日本橋三越へ。休みだし混んでるなあ・・とうろついていたら、印象派の美術展があったのでついふらふらと。デパートの企画展だから小規模のものだったんですが、私の好きなモネ、アンリ・ルソー、セザンヌ、ルノワールなどが一度に見れて満足。シャガールもあったなあ。あんまり好きじゃないと思ってたんだけど、青がとても綺麗でした。本来、絵画を鑑賞するのも、落語を聴くのと同じぐらい疲れるものですが、今回は頭を空っぽにして、好きなものだけえんえ眺めて心と頭の洗濯をしてきました。印象派だしね。何というか・・色に身を委ねるとでも言えばいいのかな。結局甘いものは食べずに、ジューススタンドでマンゴージュースだけ飲んで帰りました。安上がりだ。
落語も絵もそうなんですが、やはり時々は行った方がいいな、と思いました。通ぶるつもりはないけれど、日々の生活から少し離れて、自分の感性が赴くものを探しに行くのはやはり新鮮で、気持ちいいものです。 - [ コメント (0) ] [ トラバ歓迎 (0) ] [ top↑ ]
■ 懐かしいあなた
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今になって気が付いたのだけれど、†Promised Land†の募集に来てくれたスヴァさんと、一年前、ROを休止すると言っていなくなったセシアさんは、どこか似ている。前々から、何とも言えない懐かしさを感じていたのはそのせいだったと、最近になって気が付いた。
外見で言えば、ロングヘアのプリさんという共通点はある。あとは、喋り方が何となく似ている。ネタの振り方とか答え方とか、雰囲気が似てると言うことなんだろうか。スヴァさんの方がもう少しさばけた感じで、セシアさんはもっと無口だったような気がするけれど。どちらにせよ、一緒にいて楽しい、とても素敵な人である。いや、セシアさんの場合は過去形で語るべきなんだろうか。
セシアさんにあれきり会えなくなるなんて、どうして想像できただろうか。たった一日、いつものキャラで溜まり場に寄らず、AFKで露店を出していたその日に限って、どうしていなくなってしまうなんてわかるだろうか。
もう会えなくなるのがわかっていたら、メッセなり、メアドなり、RO以外での連絡手段を尋ねる事だって出来たはずなのに。なのに、何故、私一人の力では集めきれないような、高額な装備品を幾つも残して、消えていってしまったんだろうか。
一年経った今でも、その問いが私の頭の中で木霊し、涙がぽつりと落ちる。
おかしいと自分でも思うのだけれど、これだけぐるぐる悩んでいても、セシアさんを責めたり恨んだりする気は殆どない。何故何も言ってくれなかったんだとか、せめてもう一日待ってくれなかったのか、などとは全く思わない。
ただ、会えなくなったのが悲しいだけなのである。いい子ぶって、私は彼女を恨まないわ、などと言っているのではない。避けられないことならば、その前に何か出来たことがあったんじゃないかと、そればかりを反芻する。
何故、こんな風に思うんだろう。その理由はいくら考えても、わからない。
たかがネットゲームの、いくつもあるサーバーの中の一つの、その中にある沢山の街の、数え切れないほど点在するコミュニティの中の、ほんの小さな人間関係である。それがこんなにも愛しく、かけがえのない物のように感じるのは何故だろうか。また反対に、その煩わしさに嫌気が差し、全部かなぐり捨てて逃げ出したいと感じることもある。
それは、それだけ私が、私を取り巻く人たちから影響を受けているということである。
数々の問題が山積し、未来はないと言われるROから、私が未だ離れられないのは、このせいなのだろう。
実際、セシアさんがROに帰ってくることはないだろう。
でも、セシアさんはどこかにいる。愛・地球博の会場の近くに住んでいる、という話を聞いたことがあるから、きっとその辺りのどこかの街で、きっと元気に暮らしている。あの辺りは、今日も暑いのかしら。また違うゲームをやっているのかしら。そんな風にぼんやり思う。そうすると、心がほんのり暖かくなる。
よくこのブログにコメントをくれるマリイやんも、再会できたのは今年になってからで、それまでは完全に音信不通だった。というより、生きているかどうかもわからなかった。休止する直後に大病が発覚して、それきり行方がわからなくなっていたから、もしかして…と、どんなに心を痛めていたことだろう。
でも帰ってきてくれた。病気もちゃんと治って、今は暇さえあれば溜まり場でお喋りをしたり、狩りに行ったりする。それがどんなに嬉しいことなのか、時々思い出しては噛みしめる。
だからきっと、セシアさんも元気でいてくれる。もしかしたらマリイやんのように、また会うことが出来るかも知れない。スヴァさんを見て時折懐かしく思うのは、その可能性を思い出して、心が慰められるからだと思う。
懐かしいあなた。
今は遠い、あなた。
いつかきっと、またどこかで会いましょう。
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Author:ツユ
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